必然がもたらす心地よさ『Optimum デザインの原形』
「時の洗礼」という言葉がある。芸術作品やプロダクトが長い歴史の中で選別され、磨かれることを指す。生物の身体構造に進化のあしあとを見つけるようなおもしろさが、時の洗礼を受けたものにはある。
『Optimum デザインの原形』を読んだ。「登山道で誰もが無意識につかまる木の枝や岩のようなデザイン」という帯の宣伝文句に強くひかれたからだ。「ユーザが使い続けずにはいられないプロダクトデザインとはどのようなものか?」という問いに対するヒントを、仕事にも役立てられる気がした。
この本は“Optimum”、すなわち「原形」を捉えたプロダクトデザインの紹介と、深澤直人氏ら日本デザインコミッティーメンバーの鼎談で構成される。
「原形」とはなにか。かいつまむと次のようになる。
- 「原形」とは、「類」や「種」を構成するものではなくむしろその大元をなすものである。
- 時代を超えて、崩しようのない日常のデザインである。
- 作者が探し出した必然である。
この「原形」を捉えたプロダクトとして、Konstiantin Grcicのスタッキング・グラスや柳宗理のステンレス・ボウルが紹介される。
どのプロダクトも「なぜこの特徴を備えたものがいままでなかったのか」と言わずにはいられない特徴を備えている。同時に、私たちがいかに多くの「もどかしい瞬間」を無意識レベルで処理しているかと気づかせられる。例えば、瓶にのこったジャムをかき集めるときのことを思い浮かべてみよう。ティースプーンで瓶の中を掻く行為はありふれているが、あらためて見つめ直すと、曲面と平面で構成される瓶を掻くのにスプーンの卵形は実はそれほど適していないことがわかるだろう。この本の中では「ジャムの完璧なすくい心地」を追求したスプーンも紹介されているのでぜひ実際に確認してみてほしい。
この本を読み、「デザインの原型」が共通して備える特徴として大きく2つあると感じた。
- 記憶にも残らないような、日常に潜む「もどかしい瞬間」を目ざとく見つけていること
- 局所最適化でない、従来の機能を損なうことがなく問題を解決していること(スプーンの例でいうと、ジャムをすくうことにだけ特化するのではなく、いままで通り食べ物を口に運ぶことにも使える)
鋭く必然を捉えたものは日常生活に自然となじむ。優れたプロダクトが「テレビショッピングで紹介されるような歪なお役立ちグッズ」と一線を画す所以はここにあるように思う。